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リーダーシップについて

歯科医の一生

歯医者としての道のりは大体パターンが決まっています。
学生時代には、ただただ試験に通るために勉強します。
最終的に国家試験に合格して、歯科医師の免許をとってから「歯科医師人生」が始まります。
勉強としての知識を持ったら、今度は「スキル」としての技術を学んでいきます。

勤務医師として、知識とスキルの習得に励み、開業してからは「経営」を学びます。
「経営」とは、治療以外のクリニックを運営していくために必要なことを学んでいきます。
一般的には、雇われている時には必要ではなかった税務や労務だったり、勤務医時代に未学習のことを勉強します。

そうして、とにかく自分が生活できるため、生きていくために頑張ります。
人間、必死になればどうにかなるもので、とにかく「食っていける」レベルが、まずはどのドクターにとっても、初めの目標でしょう。

そうして食べていけるレベルが過ぎると、今度は社員と衝突します。(笑)
これまで、自分が頑張ればどうにかなる問題ばかりだったのが、今度は社員に変わってもらわなければならないので、社員を力ずくで変えようとして、反発を食います。
力ずくの恐怖政治でも何人かは変わってくれますが、力ずくでのコントロールを繰り返していますと必ず大きなしっぺ返しを食らって、反乱を起こされます(笑)

学生時代に優秀だった人ほど社員の気持ちが分からないで、社員がダメ人間に思えて上から目線で命令し続けます。
そうしているうちに、多くの人は「相手を変えようとするよりも自分が変わるしかない」ことを学びます。

一昔前なら経営者の方が「雇ってやっている!」という上から目線で経営できた時代がありましたが、今では社員の方が「働いてあげている!」という力関係の時代なので(笑)、力づくで社員を変えようとしている限り、衝突が絶えなくて組織は発展していきません。

組織が発展しないどころか、常に社員に辞められる恐怖を持ちながら診療していかなければなりませんので、そういう状況では診療でもミスが出かねませんし、そんな状況では仕事が面白いはずがありません。

多くの院長がこのレベルでもがいています。
社員との関係がうまくいかないのは「能力」ではなく「人格」の問題です。
常に自分本位で相手のことを尊重していかなくては、職場は地獄と化していくことでしょう。

私の目標は「天国のようなクリニック」にしていくことですが、「天国」になるか「地獄」になるかは、どれがけお互いがお互いのことを尊重できるかの差だと思っています。
これは人間にとって死ぬまでのテーマだと思っています。

みんな「自分が一番かわいい」し、いつの間にか自分本位の考えが頭をよぎりますが、そういう誘惑に打ち勝っていかなければ、職場の人間関係は「地獄」になってしまうのだと思います。

「自分が一番かわいい」という本能と向き合いながら、自分以外の人を大事にしていく気持ちを育んでいかなければ、経営はうまくいかないようになっているみたいです。
自分よりも他人を大事にしていかなければ、誰もついてきてくれない時代なのだから、相手を変えようとしないで、自分が変わるのが一番簡単なのかもしれません。

これは歯科医だけのテーマではなく、どんな職場においても家庭においても、全ての人間関係に当てはまる法則の方に思います。

正解のない決断の連続

経営者として「しんどいな!」と感じることの1つは、日々、答えのない決断をし続けることがあるように感じます。
学生までの勉強の問題には、「正解」がありましたが、社会人になってからは、問題の多くに答えがない場合が多いです。

社会人の問題の多くが「人との関わり」の問題であったり、「未来を予測していく」問題であったりする場合が多いから、1つの答えに絞れないのだと感じます。
「正解」がある問題というのは、どの視点から見ても答えは一つという問題ですが、答えのない問題というのは、見る視点によって「正解」が違ってくる問題なのです。

政治などがその典型だろうと思います。
どういう決断をしても、必ずマスコミからたたかれる。どんな決断においても視点を変えれば、アラは必ず存在するものです。完璧な答えはないし、たたかれるのを想定して、自分の信念に基づき決断を繰り返していくしかないのです。

私は安倍総理を尊敬しています。
彼の決断の1つ1つが正しいかどうかは、正直私にはよく分からないです。
でも、彼が日本のために命を懸けて決断していることは伝わってきます。

トップが評価されるかどうかの判断基準は、正しい決断かどうかよりも、その根底に利他の気持ち、奉仕の気持ちがあるかないかの方が重要なのではないかと感じます。
日本を切り盛りする大変さと歯科医院を運営していく大変さではレベルが全然違うけど、トップに求められるのは、頭の良さ以上に、「使命感、正義感、責任感の高さ」なのではないかと感じます。

学生時代は、勉強すれば知識を増やすことはできたが、「使命感、正義感、責任感 を高めていくためには、日々、答えのない決断を繰り返していくことしかないなのではないかと感じます。

答えのない決断を繰り返さないといけないリーダーの仕事は大変だなぁ~、と思うこともありますが、そうしていくことでしか「使命感、正義感、責任感」を高めていくことができないのであれば、その大変さを歓迎していくしかないのだろう。

視点を変えていくことで見えてくるものが違って見え、多面的に物事を見える人間になれるためには、批判にさらされる恐怖と戦いながらも、いずれかを選択して決断を繰り返していくしかないのだと思います。

やりがいとは大変さと比例します。
誰もが簡単にできることにやりがいは感じにくいものですが、大変だからこそ知恵が湧き達成できた時の喜びもひとしおなんだと思います。

「使命感、正義感、責任感」を高めていくことは、人が生きていく目的の1つであると思っています。
そうであれば、これからは答えのない決断を喜んで下していきたいと思いました。

経営者の3つの仕事

歯医者には、2つの顔があります。
1つは歯科医師としての職人としての顔と、もう一つは歯科医院を経営していく経営者としての顔です。

経営者の仕事には3つあると言われています。
1つ目は、未来を予測してそれに対処して準備していくこと
2つ目は、自分の思いを社員やお客様に伝えていくこと。
3つ目は、決断して行動すること

「未来を予測してそれに対処していく」ためには、時代の流れに敏感になっていなくてはいけません。
「虫の目と鳥の目」と言われますが、経営者は鳥のように遠くから物事が見えなくては未来を予測できません。
目の前の出来事に一喜一憂するのではなく、目の前の出来事から将来に備えて今何をしていかなければいけないのかを考えないといけないのです。

今起きていることに対処していくことは誰でもできますが、今の出来事から未来に起こるであろうことを想像するには、これまでの経験と想像力(仮設する力)が必要になります。
未来のことを100%のことを予測することは不可能ですが、ある程度のことは予測して準備しておかなくてはなりません。

2つ目の「自分の思いを伝えていくこと」はトップにしかできない仕事です。トップの人は商品に対して、お客様に対して、仕事に対していろんな思いを持っています。
しかし、それらのことは思っているだけでは相手には伝わりません。

伝えることは根気が必要です。
相手に無視されたり、拒否されたり、裏切られたりする可能性があります。
それでも伝え続けるためには、トップには「何が何でも伝えるんだ!!」という使命と情熱が必要になってきます。
伝えることはテクニックではなく情熱なんだと思います。

3つ目は決断することです。
社会に出て悩むことの殆どのことには、正解がありません。
どちらの答えにも、必ず、否定意見はあります。
7:3の確率でも6:4でも決断していかなくてはいけないのです。
例え5分5分でもどちらかに決めて進まなければいけない時もあるのです。

優秀な社員は、判断はできても、決断をするのはトップの仕事です。
判断した人には責任はありませんが、決断をするということは、責任を取るということを意味します。
トップの決断には責任が伴うからこそ、安倍総理やトランプ大統領には計り知れないプレッシャーがあるのだと思います。

経営者には、3つの仕事があるから大変な仕事だと言えますが、逆に言えば、これらの3つをきちんと遂行していけば自ずと結果はついてくるのだと思います。

出来る前に言う

私はクリニックのトップとして社員をまとめていかないといけないので、自分が出来ていない事でもみんなに指示していかないといけません。
以前は、自分が出来ていないことを社員に伝えていくことにすごく抵抗感がありました。

実際、社員が後輩の指導をしていく時に「自分でもできていないことを、後輩に偉そうに言っている自分が嫌になるから指導は苦手だ!!」ということを何度も言われました。

自分の経験から、そういう意見を言われた時にはいつも「『自分が出来ていないことは後輩に指導できない』というのであれば、大学を卒業しても誰も先生にもなれないし、子供を産んでも誰も親にもなれないのではないか??」ということを言っています。

「今自分が出来ていないから言えない!!」のではなく、「自分はそうなりたいという気持ちがない、というのなら言ってはいけない」と思っています。

私は患者様に不快な思いをさせないために、組織を守っていくために、自分が出来ていない事でも伝えていく義務があると思っています。
学校の先生も親も「子供たちを立派な人間に教育したい!」という使命感や責任感があるのであれば、自分が出来ていない事でも言うべきだと思います。

私も若い時には、「自分はできているんだ、すごいだろう!!」という、自分が優越感を感じるために上から目線で自慢するためにそういう発言をしていたのかもしれません。
しかし、組織をまとめる立場になった今は、「自分もできていないけど偉そうに言って申し訳ない気持ちもあるが、自分もそういう方向を目指すので一緒に目指してほしい!!」という気持ちから伝えるようにしています。

そういう状況を繰り返していくうちに気が付いたことがあります。
「できるようになったらみんなに言う!」というスタンスの成長速度と「できるようになる前にみんなに言う」成長速度では、明らかに「できるようになる前に言う」方が何倍も成長が早いことに気が付きました。(感覚的には10倍ぐらい)

「子育ては親育て」と言われますが、子供を教育しながら自分が一番教育されているのだと思います。

「不言実行」という言葉がありますが、誰にも言わずに自分の心に留めておけば誰からも責められることはありません。
しかし「有言実行」になると、自分が言った言葉をみんなが監視することになります。

みんなから「発言と行動が違うじゃん!!」と陰口をたたかれたくなければ、自分が発言したような行動をしていかなければなりません。
それは自分自身に強いプレッシャーを与えることで、自分の行動が意識的になってきます。

人間はみんな感情に流されたり、楽をしたい本能があります。
それを制御してくれるのが、「出来る前に言ってしまう」ことかと思います。

私の尊敬している人が言っていました。
「英語が喋れるようになりたい」と言って英語が喋れるようになった人はいない。「英語を喋れるようになります」と言いなさい。もっとできる人は、喋れるようになる前から「英語が喋れるようになりました」と過去形で発言しているよ。

この3つのそれぞれの発言で、自分へのプレッシャーが全然違ってくると思います。
「楽をしたい!」という本能に打ち勝って成長していくためには、自分にプレッシャーを与えていくしかないのではないではないかと思っています。

判断vs決断

トップの仕事は「決断」していくことだと言われています。
元プロ野球監督の野村克也さんが「コーチがするのは「判断」で、監督がするのは「決断」だ」と言われていました。

「判断と決断」

普段は、特に意識してこれらの言葉を使用したりはしませんが、言われてみると「判断」と「決断」には大きな違いがあると気づきます。
判断はまだ変えられるが、決断したらあとは進むしかありません。

ある人の言葉に、「上司がする判断は、剣道で例えれば、竹刀や木刀での試合だが、トップのする決断は、死ぬか生きるかの真剣での試合のようなものだ。」と言われていました。

それだけトップの人の決断には、大きな責任がかかっているのだと思います。
よく「企業はトップの器以上には大きくならない」と言われますが、トップの決断の連続で企業の未来は決まってくるのです。

野村監督のような偉大な監督でも、全ての決断で正しい決断をしていくことはできないでしょう。
安倍首相は自分の決断で、国民の未来がかかってきます。
そのプレッシャーたるや私には想像できないぐらい大きいと思います。

どんな決断にも、いろんな可能性が秘められているので、何かを決断した時点では、その決断が正しいかどうかは誰にもわかりません。
それでもトップは、決断をしていかなければ前に進めなくなります。

「企業はトップの器以上には大きくならない」と言われる「器」って何なんだろう!?と考えると、正しいか間違っているかわからない決断を下していく際の「胆力」のことではないかと思います。

何かを決断する際に、必ず、その決断への反論、批判、攻撃があります。
そうマイナスの言動に対して、どこまで耐えれるか、どこまで信念を貫き通せるかということを、「その人の器」と呼ぶのではないかと思います。

人間は、自分を受け入れられればうれしいですし、自分を否定させれば悲しくなります。
自分を否定された状況で、自分と向き合い、自分の決断が正しかったのかどうかを自分に問い続けていくことで器が大きくなっていくのだと思います。

「地位が人を育てる」と言われますが、地位が上になればなるほど、決断を迫られる状況が増えてきます。
他人から批判されたくなければ、決断することから逃げるようになります。
一方、批判も覚悟のうえで決断していくことでその人の器が大きくなっていくのだと思います。

芸能人や政治家など、影響力が強くなると同じように風当たりも強くなってきます。
人は「いいとこどり」はできません。(笑)
周りに対して(認めてほしいと)影響力を持ちたいのであれば、風当たりにも耐えれる訓練をしていく準備が必要なんだと思います。

信念とミッション

朝の朝礼の際に、私がスタッフに話すことで意識していることは、聞いている人の心を動かしたいということで、そのためには「当たり前」や「意味わからない」という中間で、「なるほどね!!」「そういう見方もできるのか!!」というパラダイムシフトを感じてほしいということです。

このブログでもそういう点は意識していますが、せっかく時間を割いてお話したり、文章にしているのに、「そんなの知ってるよ!」とか「何言ってるのか理解不能」→→だから「時間の無駄だった!!」という結論になってしまうと、スタッフや読者との信頼関係が崩れてきます。

相手の常識や思い込みに問題提起を投げかける以上、必ずしもいい結果が出る保証はなくて、悪い方向にパラダイムシフトしていく可能性もあります。
スタッフから反発や反感を持たれる可能性もあります。
だからと言って、当たり前で何も心に響かないことを言っても時間の無駄になってしまいます。

リーダーシップとは、そういうリスクがあっても自分の信念を持って正しいと思うことを伝えていくことなのではないかと思います。
100%みんなに共感してもらえる話はできません。
共感してくれる人もいれば、反発してくる人もいるでしょう。
そのリスクを覚悟の上で、自分の言葉で、自己責任で自分の考えを発信していくことで、リーダーとしての信念が確立してくるような気がしています。

信念とかミッションというものは、そういうリスクとの恐怖と戦いながら、繰り返し発信していくことでしか自分のものにならないのではないかと思います。
政治家など影響力のある人の発言は、自分の言葉で発信するとすぐに揚げ足を取られてしまいがちです。

それはすごい恐怖だと思います。
しかし、信念とかミッションというものを持ち続けるためには、発信し続けていくしかないのではないかと思います。