location: ホーム経営理念> 仕事について

仕事について

われわれの使命は何か?

今、P.F.ドラッカーのマネージメントを学んでいます。
ドラッカーには5つの質問がありますが、その中の1番目が『われわれの使命は何か?』というのがあります。

当クリニックでは、半年に一度、すべてのスタッフに「あなたは何のために頑張っていますか?」「あなたは何のために仕事をしていますか?」「あなたは何のために生きていますか?」の質問について書いてもらうようになっています。

1年目のスタッフは、「???」という感じで、書いてもらった内容も表面的で薄いものが多いですが、多くのスタッフが、経験を積んでいくにつれて、奥の深い、よく考えている内容をきちんと書くようになってきます。

本当に、スタッフの書いた内容を読むと、書かれた内容と普段の仕事ぶりがほぼ正比例していると感じます。
仕事ができる人は、「頑張る理由」「仕事する理由」「生きる理由」がしっかりしています。

そういうことをきちんと考えないで仕事している人は、仕事ぶりも、生き方も周りに流されて適当になってしまうのではないかと考えています。

ドラッカーが5つの質問の1番目に『われわれの使命は何か?』を入れたのは、仕事とは使命感を持ってするものであって、「使命を持たない仕事は仕事ではない」という事なのではないかと思っています。

基本的に、人間は怠け者で、楽をしたい生き物だと思っています。
だからこそ、使命を持って仕事をしなければ、お客様の心に響く仕事はできないし、頑張る事も出来ないのだと思います。

スタッフの人数も増えてきて、みんなが同じ方向を向いて仕事をしていくためには、使命(ミッション)は不可欠なんだと思います。
当クリニックのホスピタリティ―の向上は、社員1人1人がワクワクするような「頑張る理由」「仕事する理由」「生きる理由」を持てるかどうかにかかっているような気がします。

そのためには、まずはトップの私が、ワクワクするような使命(ミッション)を掲げて先頭に立って導いていかなければいけないといつも思っています。

我々の使命です。
1.社員を医療人として、技術的にも人間的にも優れた人間に育てる事
2.矯正治療を身近に感じてもらう努力をする
3.来院してくれた患者様にエネルギーを与える

仕事の意味と価値

当クリニックにはスタッフが40名近くいますが、スタッフをまとめていく時に意識している点が「利他の気持ちをもって仕事をしていく」ことです。

人間は無意識に生きていけば、自分勝手な言動をしていく生き物だと思っています。
1人の人間が「自分ぐらい……」という気持ちで自分勝手な言動をしていっても、40名近い人数が蓄積していけば大きな問題になってきます。

仕事は相手が関わりますし、お金も発生します。
お金を支払っているお客様は、その代償として治療やサービスなどいろんなものを期待します。
お客様の期待に応えていくためには、自分の事よりも相手のことを考えて向き合わなければなりません。

人間の本能は、出来れば楽をしたいし、世の中で自分が一番大切です。
仕事でお客様にご満足いただくためには、楽はできませんし、自分よりもお客様を優先した言動をしなければなりません。

それは人間の本能に逆らった行為になります。
だから仕事はしんどいものです。しんどいからこそお客様から喜ばれればしんどさがやりがいに変わり、快感になってくるのかもしれません。

好きなことを仕事にしたいという考え方と、好きなことは趣味にとどめたいという考え方があります。
趣味は自己満足ですが、仕事は他者満足です。

好きなことを仕事にするのか、本気で向き合っているうちにその仕事が好きなっていくのかと聞かれると、私は後者の人の方が多いのではないかと思います。
どんなことでも本気で向き合えばやりがいを感じてきます。

成功したプロ野球選手の多くが、「仕事を楽しいと思ったことがない」と言われます。
突き詰めていけばどんなものにも壁が発生します。
趣味レベルの壁は楽しめますが、仕事の壁は本気で悩みます。

趣味は自己満足なので誰にも責められませんが、仕事ではお客様の期待値を越えなければ満足してもらえないですし、お叱りをいただくことにもなりかねません。
それは大きなプレッシャーではありますが、他者満足を求めるからこそ人として成長できるのだと思います。

私自身、学生時代はいい加減な人間でしたが、仕事を通じて、患者様のお叱りを通じて成長させていただいたと思っています。
仕事が人を成長させるのは、お客様と向き合う覚悟を決めるからではないかと思います。
覚悟を決めれば責任感や使命感が養われます。

「良薬口に苦し」「耳の痛いことを言ってくれる人を大切にしろ」と言われますが、「感謝する気持ち」「他者を思いやる気持ち」などは、覚悟を決めて厳しい仕事と向き合うことでしか身につかないのではないかと思います。

「人生で大切なことはすべて○×から学んだ」という本がよく出ていますが、生きていくうえで大切なことが仕事の中にはすべて組み込まれているように感じます。

「仕事と思うな、人生と思え!!」といつも朝礼で言っていますが、これは社員に言っているようで自分自身に言っているような気がします。

仕事vs趣味

私は来年の2月で50歳になります。
40歳を過ぎたぐらいから「人生の後半は、趣味を持たないと人生が味気なくなってくる」と言うようなことを何度か言われたことがあります。
そのたびに、「私の趣味は仕事ですから…」と答えてきました。
そう答えると失笑する人もいましたが、年々、私の中でも、この言葉に信念が宿るようになってきました。

「ゴルフは楽しいよ」「サーフィンはいいよ」など、色んな趣味を勧めてくれる人もいますが、私の中ではゴルフやサーフィンが楽しいのではなく、「ゴルフやサーフィンを一生懸命続けたから、楽しく感じる貴方がいるのはないですか?」と聞きたくなることがあります。
ゴルフが楽しいのであれば、日本中の人がゴルフをするはずだし、私も学生時代にかかわって続けたスポーツには、思い入れがありますが、やったこともないスポーツにはあまり関心が持てません。

「鏡の法則」と言う言葉がありますが、自分が一生懸命頑張ったものほど、思い入れもわいてきて楽しく感じるのだと思います。
趣味においても色んな壁を乗り越えてきたからこそ、それに比例した楽しみや喜びもあるのだと思います。

「桜がきれい」なのは「桜をきれい」と思う人がいるだけで、桜を見ても何も感じない人もいます。
「この犬可愛い」と言う人もいれば、「犬なんて不潔」と思う人もいます。
ものには絶対的な価値観と言うものはなくて、同じものを見てもそれを見る人の感性で感じ方は違ってくるものなんだと思います。

「仕事は辛いこと、お金を稼ぐための手段」とみなすこともできますが、「仕事は自分が成長できるチャンスであり、世の中に貢献でき、誰かに喜んでもらえる最高の機会である」とみなすこともできます。
「辛いこと=嫌なこと」とみなすこともできれば「辛いこと=楽しいことの前触れ」とみなすこともできます。

趣味の存在を否定するつもりはありません。
私にも、好きなスポーツはありますし、趣味と言えなくないものも存在します。
私には、多くの社員がいますので、社員の中の「仕事は辛いこと、お金を稼ぐための手段」という先入観を変えてあげることが、社員の幸せにもつながると思って、日々、「仕事は楽しいよ」「仕事にはこういう意味と価値があるんだよ」ということを言い続けることで、「どんなことでも一生懸命続けていれば、趣味と同じレベルの楽しみと喜びを見出せるのだよ」
と言うことに気が付いてもらいたいという気持ちがあります。

私だって、初めから仕事が趣味レベルだったわけではありません。
小さな壁を1つずつクリアーしていくうちに、ある時点で、辛さよりも喜びの方が勝っているのを感じるようになってきたのです。
そういう境界点は、趣味に比べれば、仕事においての方が時間もかかるのかもしれません。
しかし、趣味は自己満足で終わりますが、仕事においては他人に喜んでもらえる、世の中の役に立っているということを実感できることにおいて、軍配が上がるような気がします。

人生においては、2者択一の選択肢よりも、どちらも選ぶ選択肢が正しい場合も多いですが、趣味と仕事の二者択一ではなく、どちらも堪能することが人生を彩らせてくれるのかもしれませんね。
私にとっての趣味は、あくまで、仕事をより充実させるための気分転換としての役割りが強いようにも感じます。

目に見える報酬 vs 目に見えない報酬

仕事をする一番の目的は「お金」「給料」であることは否定できないでしょう。
「何のために仕事をするのですか?」と聞かれれば、「生きていくため」「生活するため」と答える人が大半だと思います。
働かなくても生活できるのであれば、無理に働かない、という人がいても不思議ではないでしょう。

次に「何のために学校に行くの?」と子供に聞かれたら「義務教育だから」「勉強を学ぶため」「お友達を作る為」などいくつかの理由が出てくると思います。

クラブ活動で、例えばバスケット部の生徒に「何のために練習しているの?」と質問すると「バスケットボールがうまくなりたいから」「レギュラーになりたいから」といった答えが多いと思います。

仕事において「お金」「給料」を意識しても自分でコントロールできない要素が大半です。自分でコントロールできないことに意識を向けていると、自分でコントロールできることがおろそかになってきます。
ビジネスの世界で「仕事の報酬は仕事」という言葉があります。

ある仕事で結果を出した人には、次にもっと責任のある仕事が任せられるということです。
目の前の仕事で相手の期待以上の結果を出していけば、仕事の難易度が上がってきて結果的に「給料」上がってくるという流れです。
「自分の仕事の報酬は何か?」ということを意識していくことで仕事へのモチベーションも違ってきます。

学校へ行く目的も、「義務教育だから」「勉強を学ぶため」などの無意識でも頭に浮かぶ以外の、社会に出てからどう役に立つのかを伝えていくことが親や先生の役目のような気がします。
「何のために勉強するの?」にしても子供の心に響く答えを伝えていくことが大人の役目のような気がします。

クラブ活動にしても、最近の企業ではレギュラーで活躍していた学生よりも、控えの選手であっても前向きに向き合っていた学生の方が評価される時代みたいです。
才能に恵まれてレギュラーになった人も立派ですが、頑張ってもレギュラーになれなくても気持ちを切らさないで頑張った学生は、仕事においても思い通りにいかない状況でも根気強く頑張れる人が多いという論理らしいです。
会社としては、バスケットのうまい人を採用したいのではありません。
バスケットとどう向き合ってきたかということを見たいのだと思います。

仕事も学校もクラブ活動も生き方を学ぶ場所なのだと思います。
仕事も学校もクラブ活動も「目に見える報酬」と「目に見えない報酬」があります。
「目に見える報酬」にばかり目を向けていると生きるのがつらくなりがちです。

本当の宝物は「目に見えない報酬」の中にあるのだと思います。
サンテグジュペリの「星の王子様」の「本当に大切なものは目では見えない」という言葉は、こんなところでも思い出してしまいます。

頼まれごとは試されごと

当クリニックでは、賞与などで社員を評価する際に、人間性や人格を評価していきたいと思っています。
仕事というのは、ただ言われたことをすることではありません。
誰かの役に立ったり、誰かに喜んでもらうためにするのが仕事です。
人が困っていたり、助けを求めていることをしていくのが仕事の本質です。

それなのに、自分のする仕事を勝手に狭めて、自分の専門のことしかしないような人は周りに悪い影響しか与えないので辞めてもらった方がいいとさえ思っています。
何かの仕事を頼むと、やろうともしないで、できない理由ばかり言ってくる人間がいると、「2度とこの人には仕事を頼むまい」ということになり、その人との信頼関係がその時点でとぎれてしまいます。

一方、「何でも言ってください。やりますから」というスタンスの人もいます。
そういう人は、多くの仕事を頼まれて一見損をしているように見えますが、目には見えない信用というものを獲得しているのです。

人間関係なんて、信頼関係が全てです。
人の評価とは、信頼できる人を高く評価します。
仕事をたくさんしている人が評価されるわけではなく、たくさん信頼されている人が高く評価されるのです。

ではどうすれば、人から信頼されるのか?
自分がやりたい仕事をただこなしている人が周りから高く評価されることはありません。

再度申します。
誰かの役に立ったり、誰かに喜んでもらうためにするのが仕事です。
人が困っていたり、助けを求めていることをしていくのが仕事の本質です。

「頼まれごとは試されごと」という言葉がありますが、人から何かを頼まれるということは、「この人は信用できる人間かどうか」を試されているのです。
頼む方だって、悪いなと思って頼んでいるのです。 頼まれた方が「面倒くさいな~」と思っていることは百も承知なのです。
それだからこそ、気持ちよく引き受けてくれることに感謝、感動して「この人は信用できる」ということになっていくのです。

頼まれたことを安易に断ることは、「私は信用されるに値しない人間です。」と言っていることと同じことなのです。
そういう人に限って、「周りは自分のことを正当に評価してくれていない。」と不平不満を並べた人生を歩んでいるのです。

仕事のできる人

多くの社員を雇用していると、私の中で、仕事のできる社員とそうでない社員の定義や境目はなんだろうと考えることがあります。
学生時代に勉強のできる人というのは、限られた範囲で、よりいい点数を取る人だと思いますが、社会に出て仕事のできる人間というのは、相手が求める以上のことをやろうとする人間ではないかと思います。

学生時代には「言われたことができる人間」が優秀だったと思いますが、社会に出て、仕事のできる社員というのは「言われた以上のことができる人間」ではないかと思います。
学生時代に言われたことだけしかやってこなかった人間は、その習慣で「言われたことしかできない人間」になっている人が少なくないような気がします。
実社会には「パレートの法則」と言って、「言われたこともできない人」2割、「言われたことしかしない人」6割、「言われたこと以上のことをする人」2割の2:6:2に分類されると言われています。

仕事のできる人と言われている「言われたこと以上のことをする人」2割というのは、自分の頭で考えている人、自主的に仕事をしている人ともいえると思います。
仕事を嫌々やっている人は、「言われたこともできない人」2割、「言われたことしかしない人」6割の中に入ってしまいます。
8割の方は嫌々仕事をしているので仕事は苦しいものになってしまうでしょう。

一方、自分で考えながら仕事をしている人は、言われてするのではなく、自ら考え行動しているのですから、自分の考えたことが思った通りにいい方向に進んでいけば、仕事が楽しくなってきます。
掃除ひとつとっても、嫌々させられている人と、自分から進んでしている人とでは疲れ方も、やりがいも全然違ってくると思います。

社会人になって、学生時代の悪しき習慣を変えていかせることが、上司やリーダーの仕事だと思いますが、「自分で考えろ!」と命令して変わるものではないので、変わらざるをえない環境作りや、自らが見本を見せながら根気強く言い続けるしかないのだと思います。
職場において、全員を「自分から考える人間」にしていくことは無理かもしれませんが、そういう人間が多い職場ほど、輝いて見えるし、お客様からの評価も高いお店になっていくのだと思います。